ジャズが聞こえる

夕方になると、部屋の灯りを少し落とす。
レコードに針を落とすと、サックスの音が静かに広がった。ピアノが応え、ベースがゆっくりと歩き出す。
ジャズには、人生によく似たところがある。
決められた旋律がありながら、誰もが自由に演奏する。時には音を外し、時には思いがけない沈黙が生まれる。それでも、誰かの音に耳を澄ませば、やがてひとつの音楽になっていく。
僕らの暮らしも、そうだった。
意見が合わない日もあった。黙って過ごす夜もあった。互いに別々の夢を追いかけ、遠く離れていた季節もあった。
それでも、帰ってくれば、君がいて、僕がいた。
「この曲、覚えてる?」
君が尋ねる。
「ああ。ずいぶん昔に聴いたね」
「昔じゃないわ。今だって、ちゃんと聴こえるもの」
君は目を閉じる。
僕も目を閉じる。
音楽の向こうから、若かった頃の僕らがやってくる。あの頃の街、あの頃の夢、あの頃にはまだ知らなかった悲しみ。そして、それらを乗り越えてきた今日という日。
人生は、過ぎ去った時間だけでできているのではない。
思い出すたびに、もう一度生き直すことのできる時間も、そこに含まれているのだ。